×
[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。
仲ノ沢径路熱がようやく沈静したらしいT氏。
先週の青崩隧道下~836~女郎小屋沢ノ頭の制覇に
気をよくし、今日は寄から雨山峠経由で玄倉林道に
降り、同角沢出会のF1を捲いて尾根に取り付き
向山ノ頭経由で東沢乗越に乗り込むんだと意気込んで
ました。

核心部分のGPSログはこんな感じ。
帰路は東沢径路(水濡れなしコース)と
仲ノ沢径路だったそうです。
先週の青崩隧道下~836~女郎小屋沢ノ頭の制覇に
気をよくし、今日は寄から雨山峠経由で玄倉林道に
降り、同角沢出会のF1を捲いて尾根に取り付き
向山ノ頭経由で東沢乗越に乗り込むんだと意気込んで
ました。
核心部分のGPSログはこんな感じ。
帰路は東沢径路(水濡れなしコース)と
仲ノ沢径路だったそうです。
先週の報告が完了しないうちに次の号です。
T氏は丹沢に注ぎ込む気力と体力を、自らの
生活水準の向上に充てるべきではないでしょうか(笑)
週末はいつも満員、の玄倉バスに辟易したようで、
今日のT氏は寄行きに乗り込んだそうです。
2番バスは乗客4名。終点まで乗ったのは
T氏だけだったそうです。
西丹沢に比べて寄は寂しいですね。
人混み避けたい派的には好都合でしょうが。
バス停から登山口までの林道も長いんですね。
建設中です。
今日もどこかの団体が
集まってました。
この「登山道」は無駄な
高捲きルートです。
「川をわたる」ほうが
近道です。
の慰霊碑です。
これについてはマ隊の報告がありますが
http://members2.jcom.home.ne.jp/minor-root/work35/work35_02.htm
T氏が神奈川県立図書館で資料にあたったところ、遭難者は
「江北高校」ではなく「江東商業高校」の女子生徒と先生。
1970年6月14日(日)に雨山峠から寄に下山途中、迷って
沢を下り「イイハシの大棚」で墜落してしまったそうです。
道迷いはT氏にとって他人事ではないようで柄にもなく真剣です。
情報には微妙に食い違いがあるそうですが、最も矛盾の
ないようにまとめると次のようになるそうです:
【遭難状況の推測】
一行は江東商業高等学校ワンゲル部の女子生徒8名
男子生徒3名卒業生女性2名の13名+引率の教諭1人。
14日朝5時頃東京を出発、8時に渋沢から大倉経由で
入山し、鍋割山で昼食後、14時頃雨山峠経由で下山開始。
当日は各地で大雨。新幹線は停まり都内は洪水注意報発令。
先頭は教諭ではなく男子生徒。豪雨のなかでコースを誤って
沢沿いに下り続け、17時頃「イイハシの大滝(大棚)」で
女子生徒がスズタケに足を取られて墜落。引率の教諭は
女性2名女子生徒7名男子生徒1名に鍋山山荘に戻るよう
指示して男子生徒2名と残り、女子生徒の捜索を試みる。
女性2名女子生徒7名は鍋割山荘に避難し、男子生徒1名は
20時15分頃「県立登山訓練所」に辿り着いて救助を求めた。
教諭は革バンドとタオル計10本を結び大滝(3段45m)を
下降。中段でタオルの一端を木に結んで下り、消息を絶つ。
残された男子2名は教諭を心配したが、ますます雨が激しく
なり、身の危険を感じて現場を離れ、山中でヤッケ1つに
2名でくるまってビバーク。4枚のガムで空腹をしのぎ、
翌朝自力で鍋割山頂付近まで登り返してから下山し、15日
16時半頃、寄の民家に保護された。
松田署は14日22時頃8人で捜索を開始したが土砂降りで
現場がわからず、15日朝引き返した。同日朝、署員と学校
関係者、女子生徒Kの父の13名による別働隊が捜索を開始し、
午前12時頃2名を発見した。教諭は女子生徒に折重なる
ように倒れていたという。
ここじゃまいか?
とT氏は推測します。
実はT氏もここで間違った
ことがあるそうです。
幸いにも、現在は「イイハシの大棚」に下る手前に堰堤が
あり、T氏はそこで行き止まって尾根に取り付いたので、
大棚まで降りずに済んだそうです。
ピンクテープがうじゃうじゃで、
上の通せんぼロープの先にも
見えるそうです。
マ隊の報告によれば、この「調査用」と称するピンクテープは
http://members2.jcom.home.ne.jp/minor-root/work11/work11_01.htm
少なくとも1年前からあるようです。このルートの登山者は
あまりいないのですが、そのうちにも、T氏はピンクテープに
惑わされて道から外れた登山者を2度も目撃しているそうです。
ピンクテープの主はこれですかね?
http://www.pref.kanagawa.jp/osirase/sinrin/suigen/yadoriki.html
寄の衰退の一因ここにあり、などとT氏は根拠もなく憶測します。
ついてたりします(笑)
一休み。
ここまでの道、冬には崩壊で通りにくいところが
あったのが、だいぶ修復されていたそうです。
ご苦労さまです。
玄倉林道を
目指します。
昭和15~16年頃の
堰堤が続きます。
沿って道がついて
いるので、堰堤観察に
ベリグーじゃまいか、
とT氏はいいます。
目撃したそうです。
敵は堰堤の脇に落ち込んで
しまい、天然記念(動)物を
損壊せぬよう、捲くのに崖を
登ってえらい苦労したそう
です。
(090201撮影)
到着です。
やっと同角沢出合です。
前回は9時過に青崩隧道
に着いてますから、玄倉
から回ったほうが早かった
ですねえ。
お助けロープが
あります。
(徒渉)
冷たく、まだ遊泳には
不適だったそうです。
T氏は地図上の滝記号を
堰堤と見誤り、堰堤だから
登り口が付いてるはずと
思い込んでたそうです(笑)
お助けロープが
ありますが
必要です。
水2リットル入りのザックが
なければ登れたはず、と
T氏はいいはります。
マイロープを出せば
行けそうですが、
F1の上がどうなって
るかわからないので
止めたそうです。
下ったところから
尾根に取り付いた
そうです。
ここも垂直に近い
崖だったそうです。
驚いたことに植林が。
植林地!?
白ザレの
台地も
ありますが
痩せ尾根の
急登です。
植林が。。
ますが、枝払い
された植林が
続きます。
岩場にも
植林が。。
見えるころに
なって
なってきました
この山域で見かけた
初めてのテープ。
尾根に取り付いて
1時間半。
ここを登ったおバ○は他には居るまいてカカカと思って、
念のため帰宅後「洞角沢右岸尾根」で検索したところ、
既にこの方が足跡を残されていましたorz↓
http://www.geocities.jp/tanzawadobunezumi/new.392.html
50分で登り切ってます。しかも小川谷廊下を済ませてから。
んでその後に裸山沢を下ってたり。いゃ~凄いお方ですね。。
このあたりに植林がある理由は
・関東大震災の崩壊地復旧策
・尾根下を通る発電導水管保護のため表層地盤の強化策
ってな感じでしょうか。
なだらかな道を
進んで
近づきました
山頂です。
3/21以来
2度目。
向かいます。
途中にキレット状の
難所があります。
気をつけて。
残りの破片を
探しましたが
やっぱり見つからず。。
なんですから、木に
くくりつけてみました
看板たち、
今日もみんな
元気です。
14時を回ったのであまりゆっくりできません。
戻って玄倉第2発電所を
経由して。。と考えてました
が、ちょっと遅くなりました。
知らない路を行って迷う
余裕がありません(泣)
安全策で東沢径路を。
できるだけ沢に降りず、右岸の
トラバース道を行ってみます。
沢筋の石に赤ペンキで丸が
してある「コマネチVの沢」
ひょっとして鉱山跡があるん
じゃまいか?と30分ほど
詰めてみました。
。。。なかったですorz
這い上がるときに空ペットボトルを落としました。
ごめんなさい、とT氏は平謝りです。。
ませんでしたが、代わりに
といっちゃなんですが、
沢にこんな看板状の金属が
落ちてました。
(上は愛用の革巻ドライバー
No.680)
ここの水質は丹沢で
一番ですか。
ネット上の評価も
高いです。
湧水地から出合の堰堤
まで25分。
急ぐときは東沢右岸の
捲き道(旧登山道?)に
限りますねえ。
今日はゆるりと
31分。。
いやいや進歩
しました。
仲ノ沢林道、沢屋の3人組が1646のバスを
目指して(?)走ってます。へろへろのT氏は
呆然と見送り、1731まで玄倉商店のベンチで
まったりと
眺めて一休み。
親ツバメがポストの
上から巣立ちを
頻りに促します。
玄倉商店の手洗い場をお借りしてたら
ひも付きメガネの忘れ物がぶら下がってました。
ちょうど若旦那が富士急バスからの電話を受けていて、
若「(電話)えぇ?ありませんねえ。。ないですよ」
T「あー そこのじゃない?」
若「(電話)ああ、ありました!ええ次のバスで。。」
若「どうもありがとうございました」
T「いえいえどうも」
若「今日はどちらから?」
T「ええちょっと、向山。。じゃなくて、
仲ノ沢のあたりをムニャムニャ」
若は山歩きはしないようですが、遭難者が出ると
駆り出されるとか、親父さんから聞いた話では
昔はどこもヤブがいっぱいで、ヤブ漕ぎしないと
道から外れないので逆に道迷いは少なかったとか。
鹿とか酸性雨とかの複合で植生が変わって
ヤブが少なくなったとか。
ぜひお友達になりたいものです(はぁと)
おばあちゃんは孫を背負ってお散歩に。
1731のバスは客4人。週末もこの時間帯になると
ゆったりムードですねえ。
【玄倉の発電事業は堰堤に貢献してるのか?の覚え書き】
神奈川県のサイトに行くと、こんなのがあります↓
「神奈川県営電気事業経営計画」
http://www.pref.kanagawa.jp/osirase/kigyosomu/denki_keikaku/denki_keikaku.pdf
これによると、県営の発電所のうち発電量が最大なのは
城山湖から津久井湖に放流する「城山発電所」で、
http://www.pref.kanagawa.jp/osirase/kigyohatuden/hatsudensyo/shiroyama.html
これ一つで全体の7割を占めます。
玄倉の発電所は
http://www.pref.kanagawa.jp/osirase/07/3011/gaiyou/denki_homepage/kurokura1/kurokura1.htm
http://www.pref.kanagawa.jp/osirase/07/3011/gaiyou/denki_homepage/kurokura2/kurokura2.htm
2つ合わせても2%に過ぎません。
全量を東京電力(株)に売電し、H19年度の収益は86.2億円。
これに対し費用を79.1億円としてますから、入ってきたカネは
県庫に入れずに全て再投資してるって感じです。つまり、
神奈川県の発電事業は「県の事業のための県の事業」です。
県財政への貢献はありません。
今後10年間の事業計画で一番大きいのは
「相模貯水池大規模建設改良事業」(260.7億円)
で、堆積土砂の浚渫費用だそうです。
次いで
「発電所設備等整備事業」(73.7億円)
これに玄倉・熊木ダム調製ゲート改良等、玄倉第1・
第2発電所水圧鉄管(送水管・導水管)補修の費用が
含まれるようです。
他に「相模貯水池管理事業」(31.8億円)、
「津久井導水路補修」(15.4億円)などが大型予算です。
どうやら発電事業は堰堤の費用とも別会計であります。
T氏は鶴見川サイクリングロードの草刈(県治水事務所管轄)
の件で、県の小役人さんたちと散々やりあったことがあるので
県にはずいぶん批判的です(笑)(笑ってていいのか?)
【玄倉の金山】
「神奈川県生命の星・地球博物館友の会の地質観察会」の
非常に詳しい参加レポートがありました↓
http://www.geocities.jp/horiuchihiroe/tishitu/tishitu3/tan070519_1.html
これによると玄倉林道をユーシン側に分岐してすぐのところ
(サイトの"stop-8")に
「さっきのところにもぽつぽつ入ってきていたが。。。グリーンロックが焼けている。
何らかの形で硫化鉄が入っている。脈をつくる硫化鉄が茶褐色になって、非常に赤く
焼けている。。。鉱山山師はこういうところを見つけて炭鉱トンネルを掘っていく。
非常に大きいインジケータというか。」
http://www.geocities.jp/horiuchihiroe/tishitu/tishitu3/tan070519_2.html
T氏は鉱山跡をまだ見つけていませんが、ちょっと参考になるかも。
PR
この記事にコメントする
カレンダー
03 | 2025/04 | 05 |
S | M | T | W | T | F | S |
---|---|---|---|---|---|---|
1 | 2 | 3 | 4 | 5 | ||
6 | 7 | 8 | 9 | 10 | 11 | 12 |
13 | 14 | 15 | 16 | 17 | 18 | 19 |
20 | 21 | 22 | 23 | 24 | 25 | 26 |
27 | 28 | 29 | 30 |
最新CM
[09/02 TI-AEK25]
[09/02 M氏]
[07/25 TI-AEK25]
[07/25 EA]
[07/03 TI-AEK25]
[07/03 shiro]
[03/30 EA]
[03/30 TI-AEK25]
[03/30 EA]
[06/20 TI-AEK26]
最新記事
(03/14)
(09/10)
(09/09)
(09/01)
(08/19)
(08/17)
(08/06)
(08/03)
(07/21)
(07/15)
最新TB
ブログ内検索