×
[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。
残暑お見舞申し上げます<(_ _)>
テキ~ラさんを除くV派の諸先輩には益々ご健勝のことお慶び申し上げます<(_ _)>

赤木正雄「砂防一路」(昭和38年)
(社)全国治水砂防協会
ヤマを降りたら熱々のコロッケでンぐンぐプハーっとやりたい夏休みで御座ひます。
ウチのT氏も丹沢方面に足を向けては居るやうでは御座ひますが蒸し暑さにめげてか
はたまた赤軍の猛攻を恐れてか、途中の図書館などで一休みし、コピイの束を抱へて
そのまま帰って来る体たらくで御座ひます。
決してサボっているわけではないとT氏は力説しますが、コピイの紙片や借り出した
本を寝床で数枚繰ってはそのまま大イビキをかく毎日のやうで御座ひます。
テキ~ラさんを除くV派の諸先輩には益々ご健勝のことお慶び申し上げます<(_ _)>
赤木正雄「砂防一路」(昭和38年)
(社)全国治水砂防協会
ヤマを降りたら熱々のコロッケでンぐンぐプハーっとやりたい夏休みで御座ひます。
ウチのT氏も丹沢方面に足を向けては居るやうでは御座ひますが蒸し暑さにめげてか
はたまた赤軍の猛攻を恐れてか、途中の図書館などで一休みし、コピイの束を抱へて
そのまま帰って来る体たらくで御座ひます。
決してサボっているわけではないとT氏は力説しますが、コピイの紙片や借り出した
本を寝床で数枚繰ってはそのまま大イビキをかく毎日のやうで御座ひます。
さふ云ふ訳でT氏の丹沢堰堤研究も遅々として進まぬやうで御座ひます。
諸賢におかれましても御指導御鞭撻の程宜しく御願い申し上げます<(_ _)>
記録をポチポチあたつた処、大まかには次の如き事情が浮かんでゐるさうです:
●日本に堰堤が全国的に造られたのは明治にオランダ人技師を招聘して以降
●丹沢に堰堤が造られ始めたのは大正12(1923)年の関東大震災以降
●当初、神奈川県庁では堰堤など誰も見たことがなく(笑)、しかたなく
山梨・愛知などの災害復旧事業先進県から技術者を割愛招致
(当時の県職員の一部は中央省庁の官吏扱いで道府県間の人事交流が容易)
●震災復旧事業は
(イ)「砂防」の内務省/建設省/国土交通省-県土木部
(ロ)「治山」の農商務省/農林省/林野庁-県林務課
の2系統あり、調整はあるが重複もある
●内務省内では主流の「河川派」と写真の赤木博士率いる「砂防派」が相剋
●内務省は酒匂川水系に直轄砂防事業を実施(深田堰堤を含む)
●農林省は概ね県林務課を通じて治山事業を実施
●砂防事業の一元化のため昭和37年に建設省砂防課と林野庁治山課の
交換人事を行うも長続きせず二元化したまま現在に至る
●昭和30年代後半には工事はすべて請負(外注)となり、昭和40年代後半
からは調査・計画・設計の実務もほとんどコンサルに丸投げ
複数の省庁と関連団体が入り混じり、神奈川県庁には外郭団体のみならず
県企業庁などというワケのワカランのもあり、素人がウカウカこれの藪こぎを
するとどこからか吹き矢が飛んできそうでコワイなどとT氏は申します。
二酸化炭素の地球温暖化説に異を唱えるようなものでせうか(笑)
とにかく猛烈な額のカネが動いているようなのであります。
これは建設省系ですが↓
「昨年秋から始まった世界的不況の対策を継続・強化し、早く、明るい光明を
見出したいというお気持ちは皆様の一致した思いでありましょう。当面は20年度
補正予算、21年度予算執行の前倒しで発注を行い、乾いた砂漠にみずを注入
するがごとく、地域に活力を出して頂けるよう努力したいと思っております」
(下線部筆者)
http://www.sabo.or.jp/newsletter/No.97.pdf
なんて現役の国交省砂防部長氏が業界団体のニュースレターでゆってるよ、
公僕がこんなことゆっていいのか!?表現としても「乾いた砂漠にみずを注入」
(゜Д゜) ハア? 少々の「みず」じゃ全然足らんてかぁとT氏は騒ぎます。
ちなみに現在の予算獲得のキーワードは「里山砂防」だそうです。
何事にも「末梢から攻め周辺を理解したとたんに中枢への興味を失う」派の
T氏としては、涸れ沢を伝って、おお!こんなところに古い石積みの堰堤が!!
というのが望ましい、小さき名もなき美しき堰堤に何か手がかりはないか、と
一所懸命探したところ、次の3項目に関連を見出したそうです:
●大正12年の大震災直後から始まった農林省-県林務課の応急工事
●昭和4~8年頃に県林務課を通して実施された時局(農村)匡救事業
(不況で林業養蚕が大打撃、昭和5年に豆相地震もあり、地域住民を雇用して
荒廃地復旧事業を実施)
●昭和13年~終戦までの「報国寮」事業
(丹沢・箱根に建設し、青少年を入寮させて森林治水の奉仕作業を実施)
とくに注目したいのは「報国寮」だそうです。
厚木市「インターネット博物館」の
http://ddbsvr.city.atsugi.kanagawa.jp/museum/museum.asp
「絵葉書」で「報国寮」と入れて検索すると6枚出ます:
有栖川記念講堂 講堂内部 丹沢報国寮銘板(半井清神奈川県官撰知事筆)
http://ddbsvr.city.atsugi.kanagawa.jp/museum/post2/L00076.jpg
聖慮の宏大無辺 丹沢恩賜県有林記念碑
御旗の下に愛国の血をたぎらせて=寮生奉仕作業に出発前の整列
作業道に向かって行進 汗の活動=寮生の石運搬
http://ddbsvr.city.atsugi.kanagawa.jp/museum/post2/L00077.jpg
勃興日本の躍動=意気天を衝く寮生の建国体操
尊き体験による感激を胸に秘めて大山神社登拝
清水に身を清め心を浄める=寮生未明の冷水摩擦
http://ddbsvr.city.atsugi.kanagawa.jp/museum/post2/L00078.jpg
頼母しき大和撫子の覚醒=寮生(女子青年)の砂利採運
意義深き愛郷運動と崇高なる只管精進=寮生の雨中作業(林間工事)
http://ddbsvr.city.atsugi.kanagawa.jp/museum/post2/L00079.jpg
産業文化の癌、国土民族への警鐘=荒廃しつつある神奈川県の尾根丹沢連山
緑の国は栄え緑を失う国は亡びる!!寮生の努力になる緑の復讐第一歩
慎重に、豪膽(豪胆)に、断崖上の奮闘!
禿山から緑への一功程=寮生の法切作業
http://ddbsvr.city.atsugi.kanagawa.jp/museum/post2/L00080.jpg
神秘的な雰囲気に建つ修養道場=丹沢報国寮の全景
幽邃境丹沢林道を経て報国寮へ 近くに住む丹沢の鹿
(「魂」の「木暮書」の署名は第2代林務課長木暮藤一郎氏と思われる)
http://ddbsvr.city.atsugi.kanagawa.jp/museum/post2/L00081.jpg
絵葉書ですから当然ヤラセの絵ですが、それを差し引いても、当時の
渓間工事の雰囲気が伝わってきます。
丹沢・箱根の2箇所の報国寮は実際に稼働して成果を挙げたようです。
周囲には彼らの手になる堰堤も残っているのではないでしょうか?
綾瀬には女子報国寮が建設されるも厚木飛行場に接収、その他2箇所に
計画があったようですが、詳細は不明です(T氏には)。
というわけで、この夏は報国寮だ!とT氏は張り切っております。
報国の名が戦後に災いしてか、まとまった記録はほとんどないようです。
唯一、「昭和のくらし研究」誌の報文「戦時下・神奈川における報国寮の
研究」を見つけておりますが、まだ未読です。
情報ありましたら御教示の程宜しく御願い申し上げます<(_ _)>
ところでタイトルのコロッケですが、不肖T.I.が昨年秋に丹沢大倉尾根を
初めて降りたとき、ふもとで出会ったおじさんの手作りの真面目なコロッケ
(1個60円)に大感激致しました。

08年11月15日の
丹沢コロッケ
(当日おじさんの
撮影掲載了承済)
土日の昼から揚げ始めて売り切れ終了とのことでした。
食品衛生法だとか持ち出すのはうるさいです。いまどき滅多にない、
ジャガイモを潰してつくった本物でした。ちょいカレー粉の風味で
プレーン派の小生としては「塩」も頂きたかったのですが、
とにかく抜群のコロッケでした。
先日のちょい涼しい日曜日にコロッケ食べたくて大倉に出向いたのですが、

おじさんの影も形も
ありませんでした。
油の滲みもかなり
薄くなってます。。
冬季限定でせうか?
おじさ~ん カムバックぅ~!
諸賢におかれましては丹沢コロッケの消息につきましても御教示の程宜しく
お願い申し上げます<(_ _)>
よい夏をお過ごし下さいますよう
諸賢におかれましても御指導御鞭撻の程宜しく御願い申し上げます<(_ _)>
記録をポチポチあたつた処、大まかには次の如き事情が浮かんでゐるさうです:
●日本に堰堤が全国的に造られたのは明治にオランダ人技師を招聘して以降
●丹沢に堰堤が造られ始めたのは大正12(1923)年の関東大震災以降
●当初、神奈川県庁では堰堤など誰も見たことがなく(笑)、しかたなく
山梨・愛知などの災害復旧事業先進県から技術者を割愛招致
(当時の県職員の一部は中央省庁の官吏扱いで道府県間の人事交流が容易)
●震災復旧事業は
(イ)「砂防」の内務省/建設省/国土交通省-県土木部
(ロ)「治山」の農商務省/農林省/林野庁-県林務課
の2系統あり、調整はあるが重複もある
●内務省内では主流の「河川派」と写真の赤木博士率いる「砂防派」が相剋
●内務省は酒匂川水系に直轄砂防事業を実施(深田堰堤を含む)
●農林省は概ね県林務課を通じて治山事業を実施
●砂防事業の一元化のため昭和37年に建設省砂防課と林野庁治山課の
交換人事を行うも長続きせず二元化したまま現在に至る
●昭和30年代後半には工事はすべて請負(外注)となり、昭和40年代後半
からは調査・計画・設計の実務もほとんどコンサルに丸投げ
複数の省庁と関連団体が入り混じり、神奈川県庁には外郭団体のみならず
県企業庁などというワケのワカランのもあり、素人がウカウカこれの藪こぎを
するとどこからか吹き矢が飛んできそうでコワイなどとT氏は申します。
二酸化炭素の地球温暖化説に異を唱えるようなものでせうか(笑)
とにかく猛烈な額のカネが動いているようなのであります。
これは建設省系ですが↓
「昨年秋から始まった世界的不況の対策を継続・強化し、早く、明るい光明を
見出したいというお気持ちは皆様の一致した思いでありましょう。当面は20年度
補正予算、21年度予算執行の前倒しで発注を行い、乾いた砂漠にみずを注入
するがごとく、地域に活力を出して頂けるよう努力したいと思っております」
(下線部筆者)
http://www.sabo.or.jp/newsletter/No.97.pdf
なんて現役の国交省砂防部長氏が業界団体のニュースレターでゆってるよ、
公僕がこんなことゆっていいのか!?表現としても「乾いた砂漠にみずを注入」
(゜Д゜) ハア? 少々の「みず」じゃ全然足らんてかぁとT氏は騒ぎます。
ちなみに現在の予算獲得のキーワードは「里山砂防」だそうです。
何事にも「末梢から攻め周辺を理解したとたんに中枢への興味を失う」派の
T氏としては、涸れ沢を伝って、おお!こんなところに古い石積みの堰堤が!!
というのが望ましい、小さき名もなき美しき堰堤に何か手がかりはないか、と
一所懸命探したところ、次の3項目に関連を見出したそうです:
●大正12年の大震災直後から始まった農林省-県林務課の応急工事
●昭和4~8年頃に県林務課を通して実施された時局(農村)匡救事業
(不況で林業養蚕が大打撃、昭和5年に豆相地震もあり、地域住民を雇用して
荒廃地復旧事業を実施)
●昭和13年~終戦までの「報国寮」事業
(丹沢・箱根に建設し、青少年を入寮させて森林治水の奉仕作業を実施)
とくに注目したいのは「報国寮」だそうです。
厚木市「インターネット博物館」の
http://ddbsvr.city.atsugi.kanagawa.jp/museum/museum.asp
「絵葉書」で「報国寮」と入れて検索すると6枚出ます:
有栖川記念講堂 講堂内部 丹沢報国寮銘板(半井清神奈川県官撰知事筆)
http://ddbsvr.city.atsugi.kanagawa.jp/museum/post2/L00076.jpg
聖慮の宏大無辺 丹沢恩賜県有林記念碑
御旗の下に愛国の血をたぎらせて=寮生奉仕作業に出発前の整列
作業道に向かって行進 汗の活動=寮生の石運搬
http://ddbsvr.city.atsugi.kanagawa.jp/museum/post2/L00077.jpg
勃興日本の躍動=意気天を衝く寮生の建国体操
尊き体験による感激を胸に秘めて大山神社登拝
清水に身を清め心を浄める=寮生未明の冷水摩擦
http://ddbsvr.city.atsugi.kanagawa.jp/museum/post2/L00078.jpg
頼母しき大和撫子の覚醒=寮生(女子青年)の砂利採運
意義深き愛郷運動と崇高なる只管精進=寮生の雨中作業(林間工事)
http://ddbsvr.city.atsugi.kanagawa.jp/museum/post2/L00079.jpg
産業文化の癌、国土民族への警鐘=荒廃しつつある神奈川県の尾根丹沢連山
緑の国は栄え緑を失う国は亡びる!!寮生の努力になる緑の復讐第一歩
慎重に、豪膽(豪胆)に、断崖上の奮闘!
禿山から緑への一功程=寮生の法切作業
http://ddbsvr.city.atsugi.kanagawa.jp/museum/post2/L00080.jpg
神秘的な雰囲気に建つ修養道場=丹沢報国寮の全景
幽邃境丹沢林道を経て報国寮へ 近くに住む丹沢の鹿
(「魂」の「木暮書」の署名は第2代林務課長木暮藤一郎氏と思われる)
http://ddbsvr.city.atsugi.kanagawa.jp/museum/post2/L00081.jpg
絵葉書ですから当然ヤラセの絵ですが、それを差し引いても、当時の
渓間工事の雰囲気が伝わってきます。
丹沢・箱根の2箇所の報国寮は実際に稼働して成果を挙げたようです。
周囲には彼らの手になる堰堤も残っているのではないでしょうか?
綾瀬には女子報国寮が建設されるも厚木飛行場に接収、その他2箇所に
計画があったようですが、詳細は不明です(T氏には)。
というわけで、この夏は報国寮だ!とT氏は張り切っております。
報国の名が戦後に災いしてか、まとまった記録はほとんどないようです。
唯一、「昭和のくらし研究」誌の報文「戦時下・神奈川における報国寮の
研究」を見つけておりますが、まだ未読です。
情報ありましたら御教示の程宜しく御願い申し上げます<(_ _)>
ところでタイトルのコロッケですが、不肖T.I.が昨年秋に丹沢大倉尾根を
初めて降りたとき、ふもとで出会ったおじさんの手作りの真面目なコロッケ
(1個60円)に大感激致しました。
08年11月15日の
丹沢コロッケ
(当日おじさんの
撮影掲載了承済)
土日の昼から揚げ始めて売り切れ終了とのことでした。
食品衛生法だとか持ち出すのはうるさいです。いまどき滅多にない、
ジャガイモを潰してつくった本物でした。ちょいカレー粉の風味で
プレーン派の小生としては「塩」も頂きたかったのですが、
とにかく抜群のコロッケでした。
先日のちょい涼しい日曜日にコロッケ食べたくて大倉に出向いたのですが、
おじさんの影も形も
ありませんでした。
油の滲みもかなり
薄くなってます。。
冬季限定でせうか?
おじさ~ん カムバックぅ~!
諸賢におかれましては丹沢コロッケの消息につきましても御教示の程宜しく
お願い申し上げます<(_ _)>
よい夏をお過ごし下さいますよう
PR
この記事にコメントする
カレンダー
03 | 2025/04 | 05 |
S | M | T | W | T | F | S |
---|---|---|---|---|---|---|
1 | 2 | 3 | 4 | 5 | ||
6 | 7 | 8 | 9 | 10 | 11 | 12 |
13 | 14 | 15 | 16 | 17 | 18 | 19 |
20 | 21 | 22 | 23 | 24 | 25 | 26 |
27 | 28 | 29 | 30 |
最新CM
[09/02 TI-AEK25]
[09/02 M氏]
[07/25 TI-AEK25]
[07/25 EA]
[07/03 TI-AEK25]
[07/03 shiro]
[03/30 EA]
[03/30 TI-AEK25]
[03/30 EA]
[06/20 TI-AEK26]
最新記事
(03/14)
(09/10)
(09/09)
(09/01)
(08/19)
(08/17)
(08/06)
(08/03)
(07/21)
(07/15)
最新TB
ブログ内検索